タイ自分史リターンズ

【自分史第11話】夜の街のタイ人女性が駆使する友達ネットワークを侮るなかれ  

2018年4月8日

以下の記事は、2013年2月頃についての回想録です。

 

メイの働くゴーゴーバー「バカラ」へ訪れることを、僕は暫く控えることにしたわけですが・・・ 。

それに伴い、僕の生活はメイと出会った頃のような怠惰な生活に逆戻りして行ってしまったのです。

せっかく会社を退職し、心機一転するためにタイへやって来たというのに、仕事を終えて帰ってくる彼女を毎日ただひたすら待ち続ける日々と言うのは、自分にとって大変耐えがたいものでした。

加えて、当時宿泊していたホテルの部屋はとても狭くて息苦しく、そんな空間にいるだけでも余計に気がめいる思いにさせられましたからね。

本当に、その頃の事を思い出すと、暗い印象しか思い浮かんで来ないような気になります。

で、そんな毎日に耐えられなくなった自分は、なけなしの金を持ち出して次第に繁華街へと繰り出すようになります。

メイとママさんのいるお店に行くのがダメならば、他所に行ってとことん遊んでやろうと言う腹づもりだったわけですね。

それに、メイが他の客と居ることを想像すると居てもたってもいられない思いになるばかりであった自分は、少しでもその気持ちを紛らわせたかったというのもありました。

まあ、こうして連日のように、ナナ・プラザやソイ・カウボーイのゴーゴーに顔を出すようになるのですが、まとまったお金があるわけでもないので、お店での過ごし方はいつもけちけちしていました。

当然そんな遊び方では店の人間からもあまり好かれないため、場合によっては次第に居心地が悪くなってしまうこともあるわけです。

けれども、メイを待つ間の暇つぶしにはなるので、当時はなりふり構わず通い続けましたね。

 

しかし・・・。

そんな生活も程なくして、終わることとなるんです。

なぜなら、ナナ・プラザで出くわした1人のゴーゴー嬢が、あろうことかメイの知り合いだったがために、あっという間に僕のゴーゴー通いが彼女の下へ筒抜けとなってしまったのです。

正直言って、僕自身、完全にこの辺りのことに対して油断をしていましたね。

言わずもがな、バンコクやパタヤに勤める夜の嬢たちというのは、店の枠を超えた独自のネットワークを持っています。

彼女らの多くは、絶えず同地区の店舗間で移籍を繰り返していますから、自然と横の繫がりも増えていくのでしょう。

しかも、ゴーゴー嬢をやっているような女性に限って、自らの仕事の事は棚に上げて、自分の彼氏が遊びに出かけることなど絶対に許さなかったりしますからね。

 

と言う事で・・・。

その後、散々説教をされた挙句、なんとかメイの機嫌を取り直すことに成功した自分だったのですが・・・ 。

彼女の機嫌が直ったのを機に、今度は以前にも増してメイの僕に対する思いやりの心みたいなものが、まざまざと垣間見えてくるようになったんです。

 

一体全体どんな心変わりがあったというのか。

もしかすると、僕に寂しい思いをさせてしまっていたことに、ちょっとした後ろめたさでも感じていたのでしょうかね。

何はともあれ、この状況は僕にとって今まで以上にお互いの距離を縮めることのできる絶好のチャンスだったことは言うまでもありませんでした。

 

で、そんなふうにメイの態度が見る見るうちに軟化していくと・・・。

例えば、仕事帰りには必ず屋台で僕の夜食を買って来てくれるようになったり

(トラブル以前は、仕事帰りにご飯を買ってきてくれることなんてまず、ありませんでした。)

週末などには、ショッピングセンターで僕用の衣類や小物を買ってくれるようになったのです。

(それまで、一度もそんなことはありませんでした。)

 

そして極め付けには・・・。

なんと、メイが自らのアパートに僕を招待してくれるまでになっていったのでした!

実はそれまで、僕はメイのアパートに一度も行ったことがありませんでしたからね。

タイのゴーゴー嬢って、いったいどんなところに住んでいるのだろう・・・。

初めて目にする光景へ、自然と僕の期待は高まっていくのでありました!!

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survive30's

シパタイ

このサイトは、2014年9月~2016年9月までのおよそ2年間に渡って、わたくし、シパタイが運営しておりました『タイで起業や就職をするも失敗続きな男のブログ』の続編ブログです。ちなみに、過去の自分史については多少加筆修正し、『自分史リターンズ』として再編集の上、当ブログにて掲載中です。それではみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

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