タイ自分史リターンズ

【自分史第12話】ゴーゴー嬢の部屋へ初潜入!底辺タイ人の暮らす街に驚愕する 

2018年4月8日

以下の記事は、2013年3月頃の回想録です。

 

メイのアパートに誘われて始めてやってきたのは、バンコクのスクンビット通りにあるプラカノンと呼ばれる地区でした。

プラカノンとは、BTSのスクンビットラインで言うと、エカマイ駅とオンヌット駅の間に位置するエリアのことです。

外国人やハイソなお金持ちタイ人が多く集まる近隣のトンローやエカマイ地区とは打って変わって落ち着いた庶民の街であるこの地区は、タイ人向けのアパートや屋台などの生活インフラがとても安く提供されており、さながら都会の下町と言ったような様子でした。

一方でこの地区は、数年前に行われたオンヌットより東方面のBTS延伸などに伴い、周辺の地価が急激に上昇してきており、高層コンドミニアムの建設も急ピッチで進んでいます。

まさに今、バンコク内で一番発展してきている地区の一つというわけです。

 

ただ発展はしているものの、プラカノン周辺にある外国人向けのコンドミニアムやアパートは都心に比べると大分安く提供されていうことには変わりないため、日本人を始め、バンコクで働く現地採用者に近年とても人気のエリアとなっているようです。

まあ、賃貸に出されている物件の数や相場の安さでは、まだまだオンヌットの方に分があるので、プラカノン地区の外国人が本格的に増えてくるのはもう少し後になるかもしれませんがね。

しかしながら、外国人にも近年ここまで注目されてきている地区であるにもかかわらず、僕はこのプラカノンという場所に行ったことがそれまで一度もありませんでした。

つまり、メイの住むアパートへ行くことになって初めて向かった街だったのです。

それもそのはずで、プラカノンには一般の外国人観光客が見るようなものはこれと言って特にありません。

あるとすれば、プラカノンのメインロードである、スクンビット71の大通り、プラカノン通りの入り口近くにある通称プラカノン市場、それからBTSプラカノン駅を降りて、スクンビット通りをオンヌット方面へと向かっていくと、プラカノン運河という、タイ人の生活用水上バスが通っている運河があるのですが、どちらもあまりにローカル過ぎて、普通の観光客はまず来ないような場所なのです。

もちろんどちらのスポットも、まず観光ガイドブックなどには載っていないでしょう。

 

こうして何の事前知識もないままに、メイに初めてプラカノンに連れられてきた僕でしたが・・・。

まず、僕はメイのアパートに向かう途中で、すぐさまあることにまごつきました。

なぜなら、プラカノン周辺の車の大渋滞から発生する排気ガスが余りにも凄まじくて、とてもじゃないけど直に息が出来るような空気ではなかったからです。

会社を退職してバンコクに来てから既に1ヵ月近くが経過していたものの、僕は日本で時たま言われているようなバンコクの大渋滞や大気汚染というものをほとんど感じずに過ごしていました。

唯一感じたとすれば、アソーク交差点付近の渋滞を目の当たりにした時ぐらいでしたね。

しかし、BTSプラカノン駅で降りて、スクンビット通りに出た瞬間、その空気の汚さに唖然としました。

道行く車の排出するガスが自分の顔面に何度も向かってきます。

こんな環境の下でメイは暮らしているのかと、早くも彼女のアパートへの足取りは重くなってしまったのでした。

 

ですが、良い意味での驚きもありました。

それはこんなにバンコクの都心に近い場所で、タイ人庶民の暮らしぶりを垣間見ることのできる土地があったのか!という感動に近いものでした。

それもそのはずで、プラカノン地区のメインロードである、スクンビット71の通りを北上していくと、始めの内こそ最近完成したコンドミニアムなどを見る事が出来るものの、バイクに乗ってちょっとでも走ったならば、すぐにタイのリアルな下町風景がその姿を現し出すのです。

実はプラカノンに外国人が住みだしたとは言っても、その大半はスクンビット通り近辺に住んでいるのであって、プラカノン通りを北上した奥の方には、田舎から出てきたタイ人たち、主にイサーンの人々が暮らす超ローカルな庶民エリアが広がっていて、プラカノンはさながらバンコクのスモール・イサーン・タウンと言ったような雰囲気を醸し出しているのでありました。

メイのアパートがあった場所も、ちょうどイサーン人が多く住むエリアのど真ん中にある場所であり、周辺にはイサーン料理の屋台がひしめき合っていました。

場所でいうと、プラカノン通りのソイ・42、46周辺の地域です。

この辺りまでくると、スクンビット通りからよりも、ランカムヘン通りからのほうが近いぐらいで、メイのアパートからBTSの駅まで行くのに、モタサイの料金が40バーツもかかるほどでした。

(バイクタクシーで40バーツという料金は、毎日移動することを考えた場合、結構な距離があることを示しています。)

 

こうしてメイに案内され入ったのは、こじんまりとしたワンルームのタイ人用ローカル・アパート。

部屋の中には、クローゼットやベッドがあらかじめ備えられており、それらの家具類が部屋のスペースを占有している分、部屋の広さ自体は余計に小さく感じられました。

そして何より、一番驚いたのがエアコンが付いていなかったこと。

僕がメイの家を初めて訪問したのは、2月頃。

タイはこれから暑季のピークへと向かって、どんどんと暑くなっていく時期でした。

ゴーゴーバーで勤めている女の子って、もっと良い部屋に住んでいるイメージだったけど・・・

実際はこの子もそんなに稼げていないのかな・・・

僕はそう感じて、メイに部屋の家賃を聞いてみました。

すると返って来た答えは、1ヵ月で3,500バーツ。

当時、タイの賃貸アパートの家賃相場に関してなんの知識も無かった自分は、その値段が安いのかどうなのか見当も付きませんでした。

けれども、キッチンも付いていないし、ベランダの窓を開けたら向かい側のアパートの人と挨拶が出来てしまうような部屋を見た自分は、夜の仕事をしているとはいえ、メイが決して裕福な暮らしを送っているのではないということを身をもって感じることが出来たのです。

 

メイに部屋を見せて貰った後は、近所のイサーン料理屋で鍋料理(チムチュム)をつっつきました。

食事をしながら周りを観察していると、周囲にはいかにもバンコク社会の底辺ですと言ったようなタイ人がわんさかといます。

サイアムやトンローなどと言った都心では絶対にお目にかかれないようなタイプの人たちです。

中でも一番多く見かけたのが、明らかに夜の仕事をやっていそうな女性と、その女に付いて周る身なりの良くないタイ人男性たち・・・。

はっきり言って、外国人が来るようなエリアではないことを一瞬で悟りました。

これは後々わかったことですが、メイが住んでいた地域はバンコクに住む低所得者の間でもかなり有名な安アパート街であったのです。

この地域周辺ではだいたい、2,000バーツぐらいから借りられる物件が多数あり、一番人気の価格帯でも3,000バーツぐらいがメインとなっていたようでした。

そしてなぜか、それらのアパートを経営しているのは、ほとんどがイスラム系の人達であるというちょっとした謎も・・・。

周辺地域ではアパートの家賃価格に合わせてか、屋台料理を始め、様々な生活必需品の物価が大変低く設定されていました。

こうした環境が手伝ってか、住んでいる人間の大半は田舎から出てきた底辺イサーン人が圧倒的多数。

当然、夜の世界で働くイサーン女性も大勢いました。

バンコクにいながら同郷の人間と日々交流できるこのプラカノンの土地というのは、メイにとって、とても居心地が良い場所だったのでしょう。

(メイはタイ北部の出身でしたが、両親がイサーン人であるために、イサーン語が達者でした。)

その証拠に、メイの住むアパートの同じ棟には、彼女と同じゴーゴーバーに勤務するゴーゴー嬢が何人も住んでおり、毎晩誰かの部屋に皆が集まって、食事や雑談を楽しんでいる様子でした。

田舎から一人で出てきた彼女たちは、仲間同士身を寄せ合って、日々の寂しさを紛らわせていたのかもしれません。

やはり、田舎育ちのイサーン人にとって、バンコク暮らしというのはただでさえストレスの溜まる物なのでしょう。

そういうこともあって、ゴーゴーバーで働くような女性も、普段の生活エリアでは故郷と同じような落ち着いた空気を醸し出す街を好むようになるのでしょうね。

まあ、こんな感慨にふけりつつ、初めて案内してもらったメイのアパートやその周辺を散策し、その日は彼女の家で泊めてもらうこととなった僕だったのですが・・・

 

あくる日の朝、メイからの思いもよらぬ提案により、僕はアパートに招かれた時以上に驚かされることとなります。

その提案の内容とはズバリ、「私の部屋で一緒に住まない?」という当時の自分が全く予想だにしない内容だったのでした。

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シパタイ

このサイトは、2014年9月~2016年9月までのおよそ2年間に渡って、わたくし、シパタイが運営しておりました『タイで起業や就職をするも失敗続きな男のブログ』の続編ブログです。ちなみに、過去の自分史については多少加筆修正し、『自分史リターンズ』として再編集の上、当ブログにて掲載中です。それではみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

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