タイ自分史リターンズ

【自分史第2話】タイに到着、久々の自由を噛みしめる

2018年4月8日

以下の記事は、2013年2月頃の回想録です。

 

新卒で入社した会社を退職し、大学生の時以来にタイへと降り立った自分

本当にあの時は、晴れやかな気持ちでした。

 

そしてタイへ入国してすぐ向かったのは、カオサンロード。

大学時代の旅の感覚、昂揚感みたいなものが自然と湧き上がってきました。

もう、自分は朝の出勤に縛られることもないんだ~!

自由だ~!!

みたいな。

 

大学時代に旅したバンコクが今、目の前にある。

変わらぬ喧騒が広がっていました。

しかし一方で、変わっていたものも。

大学時代に比べて、バーツの為替レートがめちゃくちゃ高くなっていたのです。

大学時代は1万円が3,800バーツぐらいにはなったのに、

この時のレートは、1万円が3,000バーツ程でした。

まあ、為替レートにはその後、幾度となく苦しめられることになるのですが。

 

かくして、バンコクに着いてから数日間、僕はカオサンに滞在し続けました。

しかし、なんだか学生時代と違い、カオサンのうるささが、だんだんと鼻に付くようになってきたのです。

学生時代とは違い、自分も少し歳をとったのでしょう。

それにカオサンというのは、外人と戯れたりしてして大騒ぎする場所としては楽しいのですが、 バンコクの中心地からだいぶ離れているので、場所的にはすごく不便なところにあるんですよね。

公共交通機関といえば、路線バスぐらいしかないですし。

路線バスを使うと、下手したらスクンビットまで1時間ぐらいかかりますから。

で、一度気にしだすと、人間の思考というものは止まらないもので、

僕は宿泊先を急遽変えることにしたのです。

もっとのんびり出来て、落ち着ける場所へ

そして、中心地を便利に観光出来る場所へと。

 

さっそく日本から持ってきた「地球の歩き方」を開き、次の宿泊先を決めました。

カオサンの次に僕が向かったのは「マレーシアホテル周辺」というエリアでした。

地下鉄のルンピニー駅から徒歩圏内にあるエリアです。

この周辺は予想通り静かな場所で、カオサンのような深夜の爆音は一切ない場所でした。

あるとすれば、ゲストハウスの一階などにあるバーの音楽が少し鳴り響いている程度です。

ゲストハウスの値段も平均で200Bぐらいでした。

カオサンと同レベルの宿と比べたら、断然こっちのほうが居心地良かったですね。

まっ、こうしてカオサンからマレーシアホテル周辺の安宿エリアへと移動したわけだったのですが、なんだか今度は、早くも旅に物足りなさを感じ始めていたんですよね。

安宿に泊まって、毎日なんとなく過ごすことに飽きてきていたといいましょうか。

周りに泊まっている旅人や学生達と話も合わず、孤独感もあったのでしょう。

ちなみに、この時は2カ月先の帰国チケットを予め買っていたので、帰国の期限も決まっていたのです。

FIX航空券というやつですね。

オープンじゃないので日付変更不可のチケットです。

帰国後は日本で再就職をするつもりでいましたから。

そんなこともあって、せっかくなら色んな所でとことん遊んでから帰りたいという気持ちもありました。

日本で再就職したら、海外に長期旅行するチャンスなんてなかなかありませんから。

 

と言う訳で、どこへ行こうかと考えたのですが、 実は僕、大学時代の旅で一度だけゴーゴーバーに行ったことがあったんです。

それでまあ、毎日寂しく一人で宿に居るくらいなら、ちょっくら遊びに行こうかと思い立ったわけです。

一応、今回の旅では30万円程の現金を持ってきておりました。

旅の期間は約2か月間です。

僕の計算では、安宿中心の旅ならばまったく問題ないとの判断でした。

それプラス、1、2回のゴーゴーバー遊びぐらいなら、まあ大丈夫だろうというこで、いざ出発!

 

こうして、僕は久しぶりに夜の冒険へと出かけることとなったわけです。

が、 その後出会ったある一人のタイ人女性によって、この旅が大幅な進路変更を余儀なくされることとなるなど、この時の僕はまだ知る由も無かったのでした。

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survive30's

シパタイ

このサイトは、2014年9月~2016年9月までのおよそ2年間に渡って、わたくし、シパタイが運営しておりました『タイで起業や就職をするも失敗続きな男のブログ』の続編ブログです。ちなみに、過去の自分史については多少加筆修正し、『自分史リターンズ』として再編集の上、当ブログにて掲載中です。それではみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

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