タイ自分史リターンズ

【自分史第21話】日本帰国も就職活動完全放棄、タイ人彼女との交信に没頭する 

2018年4月8日

以下の記事は、2013年4月頃の回想録です。

 

約2か月ぶりに実家のある北海道の地へと降り立った自分・・・。

空港に到着して電車に乗り込んだ瞬間、背広姿のジャパニーズ・サラリーマンたちを見て、一気に現実世界へ引き戻されました。

ああ、ここが自分の本来居るべき国、日本なのかと。

実家に帰ったら、すぐに親から就職をしろとけしかけられるのだろうな。

そうだ、実家の中でも自分の居場所なんてないし、就職活動はすぐに始めることになるだろう。

そうやってなんとか1ヵ月手取り15万円ぐらい貰える地元の会社に就職出来たとして、そこから捻出出来る貯金っていくらぐらいなんだろうな。

そうなると、次にタイに行けるのなんて、遠い未来の話になるのかもしれない。

寒い電車の車内、タイの色鮮やかさとは違って、まだ残る原色の雪景色を車窓越しに見ながら、僕は早くもタイに対する思いを巡らせていたのでした。

 

実家に帰ってから暫く、僕は何のやる気も起きなくて、ひたすら部屋に籠っていました。

1日の活動と言えば、メイとのLINE、暇つぶしのインターネット、あとは父親が帰ってくる前に晩御飯を作って待つぐらい。

(ちなみに、両親は離婚しているので、実家にいるのは父親だけでした)

とにかく帰国後は何もしたくなかったですし、誰とも会いたくなかったんです。

 

数少ない大学の友人には、自分が仕事を辞めたことも既に伝わっているだろうから、もうこちらから連絡を取りたいとも思わない。

逆に実家近くには知り合いもほとんど居なかったのですが、それでも外に出ることが億劫だったんです。

人が真面目に働いたり、楽しそうにしているのを見るだけでストレスだったというか、自分の中ではこのまま永遠にタイの夢物語が続いて欲しかったのだと思います。

 

では、そんな夢の国タイで僕が居なくなった後、メイはどのように生活していたのか・・・。

帰国日の夜、彼女が仕事を再開したことを急に告げてきて、僕も日本に帰ってきてからかなり心配したんです。

けれども、僕の心配をよそに、彼女から聞いたところによれば、何とかそこそこ上手くやっていけているようでした。

あのママさんとは未だに仲直り出来ていなかったようでしたが、働くフロアを2階から1階に変えて貰ったり、別の雇われママさんにお世話をしてもらえるようになったりと、職場での環境改善のため、彼女なりに努力したのでしょう。

今思えば、僕みたいな青二才がメイの心配をすることなど、10年早かったんですよね。

何しろ、彼女らは家族を養うために若くして田舎から出てきて、これまで苦労しながら一生懸命働き続けてきたのです。

そこら辺の女性とは、ある意味で腹のすわりかたが違います。

いざとなれば、家族や子供のためになんだって出来るぐらいの覚悟があるのです。

そんな彼女の心配をするぐらいならば、自分の就職の事をよっぽど考えなければならなかったのです。

けれども、当時の僕にはそんな所まで全く想像が巡ることはなく、ただただ、彼女の事をかよわいお姫様かのように思い込んで、無駄な心配ばかりしていたんですよね。

 

もう、その頃考えていたことと言えば、とにかくメイのことばかり。

特に僕はタイに行って、メイとLINE交換をしてからというもの、このアプリを通してメイと交信することに帰国後も毎日夢中になっていました。

世の中は便利になったものです。

今の時代、タイでゴーゴー嬢やカラオケ嬢と知り合って日本に帰ったとしても、こうして毎日無料で電話やメッセージのやり取りが出来てしまうのです。

昔の人からしたら、こんなこと考えもしなかったでしょうね。

きっと昔であれば、知り合ったタイの嬢と連絡を取るにも高額な国際電話を使ったり、手紙を使ったり、とにかく大変だった事に違いありません。

勿論、電子メールなどはLINEなどの無料メッセージアプリが出てくる前からありましたが、男性側が使えたとしても、夜の嬢たちが使いこなせていたとはとても思えませんからね。

そうなってくると、恋に落ちた相手の気持ちを繋ぎ止めておく方法は頻繁な電話や送金、若しくは頻度の高いタイ訪問ぐらいしかなくなるわけです。

 

今の時代、日本の男子大学生とゴーゴー嬢が付き合っているなんていうケースも珍しくありませんが、昔はきっとこんなこと考えられなかったでしょうね。

しょっちゅうタイに行く用事があるか、それとも金があるかじゃないと、とても彼女らを繋ぎとめておくことは難しかったのではないかと思います。

でも逆に、こうしてタイに住む嬢たちと連絡を取ることが容易になったことで、新たな弊害も生まれているんだと思います。

 

それは一つに、常に相手の事が気になって連絡をしてしまい、自分の生活が手に付かなくなるということ。

また二つ目に、密な連絡が出来てしまう分、要らぬ事も平気でいくらでも言えてしまうがために、遠距離での喧嘩やすれ違いの回数が増してしまい、かえってギクシャクしてしまうという事態が起こりうること。

そして三つ目に、彼女らと容易に連絡出来ているのは、何も自分だけではないわけで、ライバルたちの動向などが、SNSなどによって見たくなくても見る事が出来てしまい、その結果彼女らとの不信感を生んでしまうというケース。

 

特に三つめのケースでは、僕も帰国してから幾度どなく疑心暗鬼に陥りました。

メイのLINEやFacebookを見ていると、時たま彼女の投降にコメントが寄せられていたのですが、そのコメント主の面々が明らかにタイ人男性ではないんですよね。

メイの私生活を見ている限り、外国人男性達と知り合える場所というのは、やはりお店の中でしかないわけで。

そうなってくると、メイは一体、どれだけの男たちとメッセージのやり取りをしているのだろうか?

まさか、自分が帰国して居なくなったタイミングで、他の男と過ごし始めているのではないだろうかと、妄想が一気に膨れ上がっていったのです。

けれども、この時はまだ、僕もメイに強くは言えなかったんですよね。

なぜなら彼女が営業目的で客とメッセージのやり取りをしていることは付き合った当初から聞かされていましたし、それに何より、彼女にそれをやめてくれと言えるだけの経済的裏付けだって何一つありませんでしたから。

そうなると追及することも出来ないため、僕は毎日メイのSNSの更新をチェックして、彼女と仲良くしている男たちの情報収集をすることに、1日の大半を消費するようになってしまっていたのです。

まあ、こんな感じで帰国後はくだらない事ばかりをして、無駄な1日を過ごす日々が続いていたのですが・・・。

 

「さすがにこんなことばかり続けていても、一向に埒が明かない!」

「彼女のことが気になるんだったら、自分がタイに住み続けられる方法を考えるべきなんだ!」

いつしかこんな思考に至った自分は、突如として海外移住の可能性を模索し始めたのです。

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シパタイ

このサイトは、2014年9月~2016年9月までのおよそ2年間に渡って、わたくし、シパタイが運営しておりました『タイで起業や就職をするも失敗続きな男のブログ』の続編ブログです。ちなみに、過去の自分史については多少加筆修正し、『自分史リターンズ』として再編集の上、当ブログにて掲載中です。それではみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

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