タイ自分史リターンズ

【自分史第7話】ウォーキング・ストリートの人気ゴーゴーバーにてママさん大暴走 

2018年4月8日

以下の記事は、2013年2月頃の回想録です。

 

夜になり、いざ、ママさんと僕はウォーキング・ストリート(WS)へと向かうこととします。

実はウォーキング・ストリートで遊んだのは、僕にとってこの時が初めてだったんですよね。

大学時代にパタヤに滞在した際は、ウォーキング・ストリートの存在自体は知っていたものの、結局一度も出向くことがなかったんです。

ウォーキング・ストリートへ行かなかったこと自体、特に理由はなかったのですが、多分パタヤの夜遊びに対してあまり興味が湧かなかったんですよね。

というか、パタヤの街がどんな街かってことを全く理解していなかったというのが正しいです。

ただのビーチリゾートぐらいにしか思ってませんでしたから。

当時、バンコクのゴーゴーバーに少々被れてたこともあり、夜遊びするんだったら、バンコクですれば良いというような考えもあったんじゃないかと思います。

これが、とんだ誤解であると、今なら理解できますが。

 

いずれにしても、学生時代の僕はパタヤのナイトライフについてな~んにも知らなかったんです。

今となっては、当時ウォーキング・ストリートで遊ばなかったってことを、これでもかってぐらい後悔してますが。

ナイトライフのためにあるような街で、なぜに一度も遊ばなかったのかと!笑

 

話が逸れましたので、戻しますが・・・

ウォーキング・ストリートへと到着したママさんと僕はさっそく、とあるライブ・バーで乾杯をすることとします。

このライブ・バー、ママさんの働くバンコクの日本人御用達ゴーゴーバー・バカラと同名のお店「バカラ・パタヤ店」の斜め向かい側あたりにあるお店でして、ご存じでおられる方も多いのではないかと思います。

とにかく四六時中、ロック系の音楽を演奏しているバーでして、いつも大音量で盛り上がっているところです。

 

そんな、賑やかなバーでさあ乾杯!!

直後から、ママさんの飛ばしようが半端じゃなかったんです。

とにかくバンバン飲んで、バンバン店のスタッフさん達に奢っていくってスタイルなんですよね。

で、店のスタッフたちも、こんな気前の良い客はなかなかいないぞってことで、どんどん寄ってくるわけですよ。

はっきり言って、このライブ・バー、ドリンクは安くないんですけどね。

それでもママさん、店員たちにガンガン奢ります。

なんと、店の鐘も鳴らしました!!笑

タイのゴーゴーバーやバービアなどには、お店に鐘が設置されていて、この鐘を鳴らすと、お店に居合わせているスタッフ全員(店によってはその場にいる他の客も含めて)にドリンクを奢るという仕組みになっているのです。

もう、1軒目の店で、すでにノリは最高潮に達していましたね。

やっぱり、水商売で金を稼いでいる人ってのは、金を使う時の勢いも凄まじいもんだなあとつくづく思いました。

 

で、こうしているうちに・・・

ママさんが段々酔っぱらってきて、僕にキスをせがんでくるようになるんです。

僕は・・・

もちろんメイもいますし、そもそもママさんの事をそういう対象として見ていなかったんで、全力で拒んでいたのですが・・・

酔っぱらった勢いで奪われてしまいましたね。笑

とは言っても、その時はまだ、酔っぱらった延長っていうノリだったんで、僕もどちらかと言えば楽しんでいたんですが・・・。

 

まあ、こんなノリで3時間以上飲んでましたかね~~

そうこうしているうちに、ママさんが斜め向かいにある、自らの勤務先の系列ゴーゴーバー「バカラ・パタヤ店」に用事があるからってことで、2軒目はそのゴーゴーバーで飲むことになったんです。

もちろん、この言葉を聞いた瞬間、僕も俄然勢いづきます。

だって、今回はウォーキング・ストリートへママさんのお供でついてきたとはいえ、これだけのゴーゴーバーの密集地帯に連れてかれた男は誰だって中に入りたくてうずうずしちゃうこと間違いなしですからね!

正直、ライブ・バーで飲みながらも、周りのゴーゴーバーの事が気になってしょうがなかったんです。

 

ということで、取りあえずライブ・バーにてママさんお支払。

その際なぜか、店の男性店員2名をペイバーして、一緒に次に行くゴーゴーバーへ連れていくという謎の行為まで繰り出すぐらい既にベロンベロンに酔っぱらいながらのお勘定でした。

ちなみに、お勘定の額は、ウン万バーツでしたね。

タイでの飲み屋に対する支払いとしては、なかなか見る機会のない額でした。

 

さて、こうしてやっと、僕にとって初のウォーキング・ストリート・ゴーゴーバー体験がスタートしたわけです!!

店に入った瞬間、中の雰囲気に一瞬で圧倒されました。

バンコクの店のグループ店ということで、ライトアップだとかは似ているんですが、やはりパタヤのゴーゴーバーってのは根本的にバンコクのそれとは雰囲気が違うものだと感じましたね。

なんだか近くにビーチがある分、より開放的であるというか、ダイナミックだというか、そんな印象でした。

おまけにこの時は、バンコク・バカラのママさんと共に来店したわけですから、すぐにパタヤ店のママさんやパパさん(男性)はじめ色んな人が席に寄ってきて、なんだか、とんでもない騒ぎになってましたよね。

ママさんは札束ばら撒くし、女の子はたくさん席に寄ってくるしで。

完全に、自分が金持ちになったような錯覚を起こしてしまう雰囲気でした。

こんなに楽しいなら、ほんと毎晩でもママさんにお供します!って感じでしたね。

こうして、その夜は僕にとって忘れられないぐらい楽しい夜になる・・・

はずだったのですが・・・!

 

ママさん?

いや、僕?の一言でその状況が一変することとなります。

それは、ゴーゴーバーのスタッフが、ママさんに対し僕との関係について聞いてきた時のことでした。

なんと、ママさんが自ら「私の彼氏だよ!」っと僕を紹介したんです。

この瞬間、僕は思わずママさんの発言を全力否定する形で「違うよ!」っと叫んでしまったのですが・・・

僕のこの言葉を聞いた瞬間、なぜかママさんぶち切れ!

急に帰るって言い出して、そそくさと支払いを済ませ、店の外へと出て行ってしまったんです。

もちろん、僕をはじめ、唖然とするスタッフ一同・・・

ママさんがライブ・バーから連れてきた男性スタッフ二人も固まってましたね。

 

その後、ママさんを追いかけなければ今夜の寝場所もないし、自分の荷物も危ないと現状把握した自分はすぐにママさんを追いかけます。

しかもなぜか、ママさんにペイバーされたライブ・バー店員の男二人も僕の後を追ってきます。

そして、ママさんがソンテウに乗る直前で、なんとか追い付き捕まえることに成功。

ママさんはまだキレキレ状態。

と、ここでなぜかママさん、「さっきの店で好きな女がいたんなら、今から電話で呼んでやるから、はやく女の付けてた番号を言いないよ!!」と捲し立ててきます。

それを聞いた僕は一瞬、「お言葉に甘えて今夜は楽しませて貰おうかな・・・」なんて魔が差してしまいそうになりましたが・・・・・すんでのところで何とか踏みとどまります!

それもその筈、もしここで気になっていたゴーゴー嬢の番号でも言おうものなら、その瞬間にママさんがプッツンしてしまい、取り巻きの人間たちにボコボコにされるかもしれないと冷静に考えた自分は、即座にその必要はありませんとママさんに進言し、なんとかこの状況を収めようと努力したのです。

その間、なぜかライブ・バーの男性スタッフたちも僕と共にママさんをなだめます。

で、なんとかかんとか、ママさんの気持ちが落ち着いてきたところで、ライブ・バーのスタッフたちに御礼を言って解散。

この時、ママさんはライブ・バーの男性スタッフ達にたんまりとチップをお支払い。

まあ、奴らの本当の狙いはこれだったのでしょう・・・

 

で、結局、ママさんもだいぶ酔っぱらってしまっていたので、この日はこれにて終了。

それにしても、あのママさんの騒ぎようは一体全体なんだったのか。

まあ、ママさんの金で楽しませて貰っていたので、なんの文句も言えないことはわかっていたのですが、ソンテウの中で「俺のゴーゴーバータイムを返してくれ~~!!」って思わず日本語で叫んじゃいましたね。

なんたって、僕にとっては初ウォーキング・ストリートだったわけですから。

正直、自腹ででも遊んでやりたかったですわ。

とは言っても、ママさんの事も心配だったので・・・。

取りあえずこの日は、酔っぱらったママさんと共に大人しく部屋へと戻り、ママさんをベッドに入れてから僕も就寝することとしました。

もちろん別々のベッドですよ!

 

かくして、ママさん大暴走の夜が明けて・・・翌日のこと

 

ママさんも前夜の一件を覚えてはいたようで、ちょっと気まずそうな様子で僕にこう言ってきたんです。

私のボーイフレンドにならない?
ママさん

シパタイ
NO!

(ママさん、ほんとごめんなさい! )

(でも、これが正直な気持ちです。)

それで、僕もこれ以上ママさんとは一緒に居られないと思い、さっさと帰り支度を始めます。

するとママさんから、もう一泊していかないかという提案が・・・

まあ、提案というか、すごく強圧的で且つ断りようのない申し出と言ったほうが正しいですね。

僕も正直、一人で帰ってもよかったのですが、一応、ママさんは付き合いはじめて間もないメイの職場の上司ということもあるし、事を荒立ててはいけないと考え、あともう1日だけならとOKすることにしたんです。

まあ、その日帰ったところで、メイはまだ実家に帰省中でしたし、僕もバンコクで暇するだけだったということも事情としてはありました。
(ママさんも一応はメイと僕の関係を知っていました。)

 

ということで、パタヤにもう一泊決定!

ですが、2日目はさすがにママさんも前の晩のことを悪いと思ったのか、僕への攻め?もあまりありませんでしたね。

そればかりか、二人とも前日の飲み過ぎによりだいぶグロッキー状態だったんで、昼間はずっとチェンジしたホテルで大人しくしていました。

ちなみにホテルは、前日の所にもう一泊したいと申し込んだのですが、予約が入ってしまっていて別な場所へ変更することになったんです。

変更した先もなかなか豪華でいい感じでしたね。

もちのろんでベッドは別々でしたが。

夜になってもこの日はママさん大人しかったですね。

その晩はビーチロード近くのシーフード・レストランで食事をして、ゆったりと過ごしたような記憶です。

そういえばこの時、ぬいぐるみ屋台が僕らの近くを通りがかったのですが、ママさんがしきりにドでかいテディベアを要求してきたんですよね。

これを見た僕は二日間お世話になっていたこともあったので、確か600バーツぐらいでそのテディベアを買ってプレゼントしてあげたんです。

しかし、この行為がバンコクに帰ってからもママさんの勘違いを巻き起こしてしまったのですがね・・・

なかなか不覚でした。

その後、前日と同じウォーキング・ストリートのライブ・バーへも行ったのですが、あまり盛り上がりませんでしたね。

ゴーゴーバーへはもちろん・・・・行きませんでした。

ママさんも前日の一件に懲りていたようでしたし・・・

僕も懲りてました。

まあ、僕としてはもっとゴーゴー遊びをしたかったのですがね。

ただ、この日はウォーキング・ストリートでちょっとしたトラブルに見舞われました。

某ムエタイ・ショーが有名なバーの前を通りかかった際に、ムエタイ・ショーの選手に一緒に写真を取らないかと?!っと声を掛けられ、不覚にもピースサインと共にシャッターに収まってしまったんですよね。

で、その後、間髪を入れずに選手からチップとして1,000バーツを要求されたわけです。

(建前上チップと言っているだけで、半強制的なものでしたね。)

これ、ウォーキング・ストリートに慣れた人なら皆知っているそうなんですが、初心者の僕は簡単にやられてしまいました。

まあ、この時はママさんが僕の代わりに払ってくれたんですが。

今現在でも、この「ムエタイ選手と写真でチップ1,000バーツ詐欺」はたまに行われているらしいので皆さん気を付けて下さい。

ただ、僕の被害に関しては後日談もありまして・・・

実は、当のムエタイバーのオーナーとママさんは古くからの知り合いだったそうで、その後すぐにバーのオーナーがママさんに詫びを入れたそうです、もちろん返金とともに。

で、僕に1,000バーツを要求した選手役のタイ人男はかなり痛い目にあったとか・・・

この話を聞いたとき、スカッとしたというよりも、なんだか背筋が凍るような感覚になりましたね。

だって、もし僕がママさんに歯向かったら、同じ目に合う危険があり得るってことでしたから。

 

まあ、この辺で話を戻しておきますが

ウォーキング・ストリートからホテルに帰ってからは、一体全体どういう風の吹き回しだったのか・・・

深夜までママさんの元カレ話を延々と聞かされることとなりました。

ママさんも寂しかったのかもしれませんね。

話を聞いた感じでは、当時タイ人の元カレと別れて間もなかったようですから。

しかしながら、話の節々に、僕の事もまだ諦めないといった内容が聞こえてきたんですよ・・・

これは今後も何かトラブルの種になりそうだと、その時既に推し量ることが出来ましたね。

 

ただまあ、何はともあれ、パタヤに来てから2日目の朝を迎え・・・

さすがに、これ以上はママさんもお店の仕事を休めないようで、僕らはようやくバンコクへ帰還することとなります。

なんだか、長かったような、短かったような・・・

取りあえず、ママさんがどういう気持ちから僕をパタヤへと誘ったのかが明らかになったことは確かでした。

パタヤに仕事があったというのも、後から聞いたら、初日の系列ゴーゴーバーへ行った際のことだったようですが、やったことと言えばバカ騒ぎして飲んだことぐらいでしたから、実際は何の仕事も無かったのでしょう。

それでも、パタヤ滞在中にママさんと何事もおかしな間違いを犯すことなく終えることができ、内心かなりホッとしていたのは確かです。

ですが・・・

その後、バンコクで起こるママさんとメイの対立を、この時僕はまだ知る由もなかったんです。

ママさんもなんだかんだ、僕の気持ちを理解してくれているんだと高を括っていたのですが、それが大きな間違いであったことに、後々気付くことになろうとは・・・

  • この記事を書いた人
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シパタイ

このサイトは、2014年9月~2016年9月までのおよそ2年間に渡って、わたくし、シパタイが運営しておりました『タイで起業や就職をするも失敗続きな男のブログ』の続編ブログです。ちなみに、過去の自分史については多少加筆修正し、『自分史リターンズ』として再編集の上、当ブログにて掲載中です。それではみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

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